天気が良い日は、窓からきれいな青空が見える。
しかし、私が眺める青空の手前には、防犯対策の格子がついている。
この格子のせいで、自分がまるで囚人のように思えてくることがある。
8時間の社内ニートという名の拷問タイム。
我慢をしなければ、生活の糧を失う。 生きるか死ぬかのデスマッチのようなものだ。
よく考えれば、この環境から抜け出したければ、自ら辞めてしまえば済む話だ。
しかし、現実にはいろんな事情がある。
求人情報を眺めていても、条件に見合う仕事はそう簡単には見つからない。
職種はもちろん選り好みする。 職業選択の自由という法律が、この国にはちゃんとあるのだから。
それに、子持ちなので、仕事と家事の両立がある。 通勤範囲だってこだわらざるを得ない。
自分に見合う求人にたどり着くまでには、運とタイミングというものが必ずついて回る。
囚人の気持ちで、格子の内側から思う。
「こんな良い日は、外に出て自由になれたらどれだけ幸せだろう」
一方で、周りを見渡せば、みんな忙しそうに仕事をしている。
自分ひとりだけ、確実に温度感が違う。
窓から外を眺めるゆとりある時間は、時には大切なものかもしれない。
でも、これが週5日、毎日8時間続くとなると、それはもう拷問でしかない。
天気が背中を押してくれるのは嬉しい。
でも、その反面、虚しさも同じくらい湧き上がってくる。
仕事がないから、周りの人たちとも、仕事を通じた共通の話題がない。
だから、会話が続かない。
これも、地味に辛いことのひとつだ。
青く爽やかな青空とはうらはらに、心の中はドロドロしている。
自分の意思で、やるべきことも働き方も選択できていた前職。
やることさえやっていれば、ある程度自由に過ごせていた。
そんな環境で10年過ごしてきた自分が、今は檻の中の動物になっている。
気持ちと行動を、ぎゅっと押さえつけられているような状態だ。
しかも仕事がないのだから、まるで「追い出し部屋」にいるような感覚でもある。
ただ座って、定時までを過ごす。 それだけが目的になってしまっている。
そういうときは、ポジティブなことなど何も浮かんでこない。
動いて、考えるから、人は生き生きとポジティブになれるのだと思う。
天気が良い日は、それでも救いだ。 檻の中からでも、気持ちが少しだけ明るくなる。
しかし、これが曇りや雨だったら、気分の落ち込みはもっと大きくなる。
天気は、メンタルを確実に左右する。
転職して気づいたのは、これまで文句ばかり言っていた前職が、実は良い職場環境だったということだ。
このことに気づけたのも、自分が動いた結果だ。
あの場所に居続けていたら、きっとずっと文句ばかり言っていただろう。
転職という行動を起こせた自分は、悪くないと思う。
だが、良い悪いの結果というのは、比べるものができて初めて分かるものらしい。
檻の中で過ごす社内ニートの私は、天気の良い日くらい、自由に外を歩き回って体を動かしたいと思っている。
とほほほほ。
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